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POINT
 文久三年、正月十一日、笠岡で著しい布教を展開していた斎藤重右衛門が、参拝から帰る道中に逮捕される事件が起きました。
 斉藤は一本気で剛毅な人で、この信心を世間にアピールしようと、この時の参拝もかごを仕立て大名行列のようであったといいます。教祖は、斉藤のそのような行為を心配して、「帰りは別の道を通るように」と指示しましたが、斉藤は、従いませんでした。当時は、無認可で布教している状況でしたから、それがお上の目にも余り、以前から、斉藤が人々のために食料を施したりすることをねたむ人達の中傷もあって、逮捕され百七日間拘留され、拷問を受けました。
 この事件は、「今に、大谷にも追っ手がつく」と波紋を広げ、さらに山伏達に口実を与えることにもなり、近隣の参拝者は、著しく減少し、影響は明治初年にまで及びます。
 教祖は、「切れる刃はこぼれると言うが、この方は切れず、曲がらずじゃ」と、斉藤の身の上を嘆くと共に、お上の方針にも逆らわず、事の次第を神様に任せていきます。
 「今徳川の時代で、石垣を積んだように、ぴりともするものではないが、三十年先では世も変わり、この道も貫く。神は、守が徳を頂くまで待つ」(高橋富枝伝)と、ますます謙虚に、自らを磨いていかれました。
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