アクセス/地図
ホーム > 教典 > 教祖略歴 > 神前撤去
お知らせ事覚帳原文 (金光大神直筆本)




活字


活字
現代語訳
 明治六年新暦二月十七日、旧暦一月二十日早朝、神様が次のように仰せつけられました。それは、小田県の触書のことを聞いて、「これでは神主職として成り立たなくなる」と、家内や子供までが心配しましたので、 『この天地乃神とは、日天四 月天四 丑寅未申鬼門金乃神のことである。家族一同、神のことを忘れるな。他人を頼るようなことはするな。よいことも悪いことも、神任せにせよ。心配するな。
 世の中のことは、すべて変化していくものであるから、五年の間、辛抱をせよ。とにかく、家族が仲よくせよ。ものの言い方でも、「あなた」「こなた」というように丁寧な言葉遣いをするがよい。どんなことについても、根拠のないことをあれこれと口軽く言うようなことをするな』
POINT
 年が明けて明治六年、一月二十日、(新2月17日)早々に、明治政府の新しい神職制度により、それまでの神職の資格が廃止される知らせを聞いて、江戸時代の神主の資格で布教していた教祖の家族は心配しましたが、神様は、この神は違うことを促し、「良し悪しはすべてを神任せにして、心配するな。世は変わるものである」と指示しました。
 一月二十一(2月18日)、ついに、次男萩雄が村長に呼ばれ、「神前撤去」を命じられ、教祖は、仰せに従い広前を片付け、翌日、広前を退いて、控えの間に移られました。
 十四年、終日、広前にあって神前に奉仕し、取次を勤めてこられた教祖にとっては、最大の危機でした。このことを嘆かれ、「大和終わり」と記述しておられますが、神様の言葉を思い起こし、「世は変わりもの」と捉え直しておられます。それでも、何もなくなった神前を見て、「荒れの亡所に相成り候」とも記して、落胆される教祖に、神様は「力落とさず、休息せよ」とねぎらいの言葉をかけられます。
 さらに、神前撤去の大事件が起きている一方で、神様は、日常生活の細々した事の指示を与えられます。大きな事に直面すると、手元の生活への指示が下がる、これは教祖と神様とのかかわりの特徴の一つと言えます。
 神様といえば、聖なるものとして、大きな事や崇高な事とのかかわりで考えられがちですが、この神様は、人間の日常茶飯事の細かい所まで、かかわってこられる神様なのです。人間は聖や清の世界だけでは生きられません。生身があり、日常生活の様々な、細かい事やどろどろした世界で生きています。そのすべてに、神様がかかわって下さるということは、生身の生活丸ごと、神様の救いに浴することができる世界が開かれているということでしょう。
 同時に、私達人間は、大きな事柄に出会うと、つい、そのことに心が奪われ浮き足立ってしまいます。その度に、神様が日常のありようを指示され、手元足元を見直し、心の内を改め、整えさせようとする働きと言えるでしょう。

※「これまでは、きれいずくをする神ばかり。きれいずくをしては、人は助からず。天地日月生神金光のは、きれいずくのない神ぞ。ここをよく、氏子、悟るが肝要なり」
p197、市村光五郎3


> 教祖略歴へ > 天地書附の原石へ戻る > 天地書附へ
  Copyright(c)AIRAKU All right reserved.