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 明治も三年が過ぎ、この年、神道国教化政策が発令されました。これによって、日本古来の神以外の祭神は認められず、金神信仰の廃止の現実の波は、教祖の広前にも押し寄せてきました。一方で、教祖は、七墓や自身の九死一生の大患を経て、当時、祟り神として恐れられた金神を祭り、神様の仰せのまま取次に従い、様々な苦難に出遭っても、ひたすら神様の心に沿うことを貫いてきた。そういう教祖を、神様は、「心徳をもって天地の芯と同根なり」「神が御礼申し、このうえもない」と称えられました。
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